【二〇三〇年】第4部 都市はもちますか(1)住まいを守れ
威圧感のあるずんどう型の超高層ビルが東京の空に君臨する。経済的な「勝ち組」の象徴として「ヒルズ族」という言葉も生まれた六本木ヒルズ。その中核の54階建て「森タワー」に隠れるようにして、4棟の超高級マンション「六本木ヒルズレジデンス」が建っている。住民は約2千人。43階建て「B棟」に住む主婦、大田登美子さん(53)=仮名=もその一人だ。
「引っ越してきて6年たちますが、いまだにフワフワして地に足がつかない。ジャニーズ系タレントや女優とすれ違うこともしばしば。中1の長男はうれしくてしようがない様子だったけど、23歳の長女は友達から『ヒルズに住んでるんだって』といわれるのがいやでたまらないようです。私も買い物は近くの麻布十番の古い商店街へ行きます」
ヒルズ族といえばホリエモンに代表されるIT長者や芸能人のイメージだが、実際には大田さんのように平成15(2003)年のヒルズ完成前からこの地に暮らしていた約400人の旧地権者も多い。4棟計793戸のうち約4割が地権者所有分だが、一部は中古市場に流れている。残りの賃貸にいわゆるヒルズ族が住む。
森ビルによれば、B棟と同じ43階建てのC棟は「収益性を高めるため」(住宅営業部)、内装のグレードを上げている。高級賃貸マンション専門の不動産業者によると、C棟は2LDK(110平方メートル)で家賃104万円、3LDK(184平方メートル)で172万円など。敷金は家賃4カ月分、礼金は不要という。
≪7割は都市住民≫
2030年、つまり20年後の近未来をさまざまな立場の方に問いかける本連載で、六本木ヒルズの住人に話を聞いたのには理由がある。わが国の総人口の3分の2が暮らす都市の20年後の姿を、人間にとって最も基本となる「住まい」のあり方から考えてみたいからである。
国連の人口推計によると、わが国の都市人口は2005年の65%から2030年には73%まで上昇する。一方、総務省の住宅・土地統計調査によればマンションや団地といった3階建て以上の集合住宅は平成20年に全国で1498万戸に上り、全住宅の3割を超えて増え続けている。
ヒルズがその一つの頂点であることは間違いないが、入居企業の不祥事や倒産も相次ぎ、一部企業は目と鼻の先へ19年にオープンした「東京ミッドタウン」へ移転するなどブランド力に陰りが出ている。最近話題に上ったのは元俳優、押尾学元被告(31)による麻薬取締法違反事件の舞台としてだった。
≪100年住宅めざす≫
森ビルが音頭を取る「六本木ヒルズ自治会」の会長でB棟高層階に住む原保さん(79)。天保11(1840)年創業の金魚卸商の5代目だったが、再開発を機に店を閉じた。「この6年、いやなこともいろいろあった。逮捕者も出て本当に残念だが、よりよいヒルズであり、よりよいヒルズ族であってもらいたい」
コミュニティー作りのため、自治会は夏祭りやハロウィーンを主催する。毎月の清掃活動のほか防災訓練では隣人同士で声をかけ合い、一緒に豚汁を食べた。
原さんに20年後のヒルズの姿を尋ねると、「私はもうこの世にいないだろうが、娘一家も弟夫婦も妹もここに住んでいる。原家が住み続けているのは間違いない」とし、こう語った。
「ご質問は20年後だが、私どもは『100年住宅』を目標にしている。品格は銀座に、コミュニティーとしては浅草に近づきたい。ロサンゼルスのビバリーヒルズの上を行きたい。20年後はまだ通過点だと思う」
だが2030年、六本木ヒルズは築27年。マンション建て替えの検討開始期といわれる築30年を目前にし、老朽化が始まる。ホリエモンら賃貸の住人は入れ替わっているかもしれないが、大田さんや原さんの家族はこの地にあって住まいとコミュニティーを守らなければならない。それはわが国の都市住民に共通する課題でもある。
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■司馬さんのいた“ヒルズ” 高齢者7割、目立つ空室
作家、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」が産声を上げたのは公団住宅の2DKだった。司馬さん夫妻は結婚した昭和34(1959)年から5年間、大阪市西区にある11階建ての「西長堀アパート」で暮らした。日本住宅公団(現UR都市再生機構)が前年に建設した公団初の都市型高層住宅だった。
家賃は2DK(46平方メートル)で共益費込み1万6500円と、当時の大卒初任給の1・4倍。女優の森光子さん(89)やプロ野球南海の選手だった野村克也さん(74)らが暮らし、エレベーター2基に専用のタクシーサービスまであった。現在の高級タワーマンションに近い。いわば「50年前の六本木ヒルズ」である。
司馬さんと同じ産経新聞大阪本社の文化部記者だった妻、福田みどりさん(80)は「私は一戸建てよりも、鍵一つで出入りできる合理的な家に住みたかった。司馬さんは青い木を眺めたりするのが好きだったから、私に合わせてくれたのかもしれません」。
司馬さんが「梟(ふくろう)の城」で直木賞を受賞した際、電話を受けたのは当時の日本人にはなじみの薄かった「食事の場でもある台所」ダイニングキッチン(DK)だったという。福田さんは「すべてが機能的にできていて、新鮮だった。何かエネルギーに満ちた、新しい時代がやってきたと思いました」と振り返る。
戦後の住宅難解消のため、30年に住宅公団を設立したのは鳩山由紀夫首相の祖父、鳩山一郎内閣だった。農村から都市へ流入する勤労者の住まいとなり、近代的な生活は「団地族」と呼ばれ庶民のあこがれの的だった。一方でDKの間取りは「食寝分離」や、夫婦と子供の「分離就寝」といった新しい生活スタイルを生み出し、核家族化を推し進めることにもなった。
≪2つの「老い」≫
なにわっ子から「マンモスアパート」の愛称で呼ばれた西長堀アパートは、UR西長堀団地として今も健在だった。外壁に無数の小窓が整然と並ぶモダンなデザインは築51年には見えず、オフィスビルを思わせる。自治組織は「西長堀マンモス会」。シンボルマークは園山俊二さんの漫画「ギャートルズ」から拝借している。現在の家賃は2DK(46平方メートル)で共益費込み7万3090円。
マンモス会の会長で元会社員、小谷周弘さん(67)によると、老朽化で耐震性に問題があるとして4年前から新規入居が停止され、全263戸のうち76戸が空室。住民は65歳以上が7割を占め単身者が多い。先月も独り暮らしの90代の女性が病院で亡くなり、身寄りがないため区の福祉担当者がトラックで家財道具を引き取っていった。
小谷さんは「皆さん、死ぬまで住み続けたいと言わはりますが、耐震のことはいかんともし難い。大規模な耐震化工事か、建て替えか、売却か。URの結論を待っている状態です」。
西長堀ほど築年数を重ねた建物でなくとも、昭和40~50年代に建てられた全国のニュータウンなどでは建物の老朽化と住民の高齢化が同時に進んでいる。農村で65歳以上が5割を超え、冠婚葬祭など共同体の維持が難しくなった限界集落にならい「限界団地」という言葉も生まれた。
一方で、集合住宅では空室が急増している。総務省の平成20年住宅・土地統計調査によれば、総住宅数5759万戸のうち空き家は755万戸と13%を占め5年前より96万戸増えた。これは一戸建ても含んだ数字だが、同年の国土交通省のマンション総合調査によると、一室でも空室があるマンションの割合は5年前の47%から56%に増加した。
≪スラムか廃虚か≫
群馬県高崎市のJR高崎駅周辺。東京から新幹線で1時間という好立地のため、民間デベロッパーによる分譲マンションが林立したが、ここ数年、供給過剰で空室が急増した。夜になると窓の明かりがまばらなマンションが目立つ。
その一軒、築30年の8階建てマンションは、24戸のうち入居が6戸。1階の集合ポストは18戸分が粘着テープでふさがれ、荒涼とした雰囲気が漂っていた。管理組合の理事長で元会社員の男性(70)は13年前、2LDKを1千万円弱で購入し、夫婦で暮らす。3年前から理事長を引き受け、「定年後の社会奉仕と思ってやっているが、もう疲れ果てました」。
入居者が少ないため管理費や修繕積立金が絶対的に不足しており、水道タンクやエレベーターが老朽化しても直せない。2年前に60代の無職男性が孤独死したが、周囲が空室だったため2カ月間気づかれなった。夕方になると高校生の男女が入り込みあいびきを始める。駅に近いため盗難自転車が乗り捨てられる…。
男性は「こんなマンションでも、私の年齢ではもう新たなローンは組めない。最期までここに住み続けるしかない。ついのすみかとして暮らし続けるほかない」。
マンション問題に詳しい高崎健康福祉大学の松本恭治教授(66)=都市問題=は「現在はまだ地方圏の現象だが、今後は少子化と人口減少により、大都市圏でもマンションなどの空き家率は確実に上昇する」と指摘し、こう警告する。
「問題は行政、住民とも無関心なことだ。20年後、建て替えも解体もできず、スラムどころか廃虚として放置されるマンションがあちこちに残る可能性が極めて高い。この国の都市の風景は大きく変わっているかもしれない」
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